ベビーベット作り

 「お祝いにベビーベット作ってやるよ!」

娘1号に言ってしまったものの、しまったと思っていた。
自分は基礎から本体まで山小屋を作った男なのだ。
ベビーベットくらい簡単なものだと、軽く考えて言ってしまったが、
調べてみると、ベビーベットは意外に難しそうな事が分かったからだった。
山小屋のように、2x4をインパクトドライバーでばんばん留めていく大雑把なやり方とはうって変わって、
繊細な作り方を必要としているのだ。
しかも、武骨なものでは見た目も悪いし、いくら軽いとはいえ、ある程度の強度も必要だ。
いい加減な作り方をして、赤ちゃんが落っこちでもしたらエライことになってしまう。

まいったな、と思ったからと言ってひるむわけにはいかないのだ。
時間はまだあるし、山小屋の内装用に買ったトリマーもある。
トリマーとは小型の電動ドリルで、ビットという替え刃を交換することで、
さまざまな木材加工ができるのだ。
おもに額縁の装飾や家具作りなどに使われる。
ネットで1700円で買った中古のトリマーだが、
きちんとした刃が付いているビットをつければ性能はあまり変わらないらしい。
このトリマーを使えば、めんどくさいほぞ穴作りもどうにかなるだろう。
とりあえず、スタートをきってしまうのだ。

ベビーベットについてネットでいろいろ調べた結果、
大きさは縦90cm、横が50cmで高さは90cmの大きさとし、
下には物入が置けるようにして、70cmの高さに赤ちゃんが寝るスペースを作る事にした。
この高さなら、オムツを替えたりするにはちょうどいい高さだろうし、
蒸れないよう、すのこみたいに作って、かんたんに取り外しが出来るようにする。
木材はほぞを組み合わせ、角がないようにすべてトリマーでまるく飾りをいれる。
こうすればちょっとオシャレになるし、危なくないだろう。

簡単な設計図を頭に描き、いざベビーベット作りに突入なのだ。


Dsc_0467 まずは杉の荒材にカンナをかけてから、
 
 鉛筆でほぞ穴の位置をマークする。

 トリマーを初めて使うので、少々緊張する。
 
 トリマーのビットの高さをスコヤで確認し、

 ビットにあわせて作っておいたジグをあて、

 慎重にほぞ穴を掘る。

 手に力が入り、溝が曲がってしまった。
 
 

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 本体の骨組だけ作ってみた。

 この後、ベットのすのこの部分とその下の棚つくりだ。

 すのこには、桧の板をつかうのだ。

 ヒノキのいい香りにつつまれて

 我がまごは、いい夢をみるだろう。

 自分の孫のためにベビーベットを作る。

 なんて幸せな事だろう。

 

 

 

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 古材利用について

 
わが山小屋の裏に物置をつくっているのだが、
基礎兼柱を伐採した唐松で作ってみてから、材木にたいする考え方を改めなければと思うようになった。
いままではホームセンターなどから2x4材を買ってきて山小屋を建てていたが、
じぶんで伐採して作った材木を使えば、テーブルでも階段でもできてしまう。
当たり前の事なのだが、そんな当たり前の事に気がつかなかった。
材料まで自分で調達できれば、資金を気にすることなくいろいろ作れる。
どんな材料を使おうと出来の良し悪しは自分の工夫と腕しだい。
地球にやさしいうえに、財布にもやさしい。
ようは、できるだけお金をかけないで山小屋はもちろんのこと、
その他の建築物を作ってしまおうと、考えたのだ。


ところで、我が山小屋の隣にログハウスの工場がある。
ソノログハウス工場の裏には使われなくなった古材が山のように積んであり、
以前から、その古材をタダでもらおうと考えていたのだ。
今日は思い切ってその古材をもらいにいってきた。
出来るだけ愛想よく、片手には禁酒して飲まなくなったビールをさげて、
その結果は、もちろんオーケーだった。
工場では現場から持ち帰った材料などを燃していたのだが、
野焼きをするわけにもいかずその処理に困っているのでドンドン持っていっていいことになったのだ。
善は急げとばかりに、使えそうな材料を吟味して、わが愛車のフィットに載せて運びまくった。
古材とはいえログハウスに使っている材料なのでしっかりしているものが多く、
うまく加工すれば物置の材料くらいにはなるだろう。
長さ6メートルの板までもらってきてしまった。
これがあればウッドデッキが張れるし、厚みも申し分ない。

Dsc_0393_2鉋をかける時のため、釘などはログハウス工場のおじさんから借りた、
特大のバールで丁寧にぬいておいた。
ひとの良さそうなおじさんはニコニコしながら、
いつでもいいから、またもちにおいでと声をかけてくれた。
向こうからすれば、産業廃棄物としてお金をだして処理しなければならない古材を、
持って行ってくれるのだから助かるし、
こちらもタダで材料が手に入るのだから渡りに船である。
もし、使えなかったら細かく切って、薪として暖炉で燃せばいいのだ。
環境問題にしても、個人がストーブで燃す分にはなんのおとがめもないのである。
そんなわけで、今日はほぼ半日かけて古材のリサイクルだったのだ。
私にとっては宝のやまなのだが、たぶん娘たちからすれば...
しょうもないオヤジなのかもしれない。


伐採したままだった唐松を4mの長さに切りそろえ、ジャッキと単管を使って運び、並べてみた。
樹皮の間にカミキリ虫が卵を産まないうちに皮をはがなくてはいけない。
いつのまにかギョウジャニンニクには蕾がついている。
アルプスオダマキはもうすぐ花が咲きそうだ。
イノシシに掘られてしまったかと心配していた黄花アツモリソウも芽を出してきてほっとした。
クマガイソウも何本かが生き残り、破れ傘のような芽を見せてくれた。
遅い春を待ちわびていた、植物たちがきそうように花を咲かせはじめていた。


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雨続き、原木シイタケの危機なのだ

 
降り続く雨に、奥様はいらだっていた。
すぐにでも収穫しなければならないシイタケが雨にぬれるがままになっており、
今日も、まるいちにち雨のため自宅に閉じ込められ、
このまま雨が止まないと、山小屋に植えてある原木しいたけがダメになってしまう恐れがあるからだった。
原木の切り出しから稙菌まで、全て自分でやってここまで育てたシイタケが腐ってしまうと、
考えただけでもいたたまれない気持ちになるのだ。
ようやく雨が降り止んだゴールデンウィークの5月4日、食料と水と衣類を車に積み込んで山小屋へと急いだ。

奥様が心配していたとおり、大量に発生していたしいたけたちは雨水をたっぷり吸っていた。
沢沿いに並べてある原木から、大急ぎでしいたけを収穫し、網戸をはずして作った特製の乾燥台にならべる。
奥様の思いが通じたのか、雲間から薄日がさし、わずかだが風も吹いてきた。
これなら、しいたけの乾燥がうまくいきそうに思えた。
ラッキーだった。
あと一日おくれたら、雨でびしょぬれになったしいたけは、ぐちゃぐちゃになってしまっただろう。

奥様がしいたけの面倒をみているあいだに、
半割にして皮をむき、電動カンナをかけておいた唐松の丸太で、山小屋の階段を作っていた。
今まではコンクリートのブロックを重ねて、階段として使っていたのだが、
やぱり、丸太で作った方が山小屋の雰囲気がでると思い、作りなおすことにしたのだ。

半割にした丸太に、史板を差し込むための溝を丸のこで切り込みをいれ、のみで仕上げた。
ここまでは考えていた通りに出来たのだったが、最後に、これを組み上げるのが大変だった。
ただでさえ重い丸太を持ち上げて、切り込んだ溝に、これも半わりの丸太から作った板を、
さし込むのは容易なことではなかった。
生乾きの丸太がねじれてきたせいで、どんなに力を加えてもうんともすんとも動かないのだ。
仕方なく、ワイヤーで丸太を縛りその間に丸太で作った厚い板を挟み、ハンドレバーのジャッキで締め上げながら、
かけやで半わりの丸太を叩いて挟んだ厚板を溝に打ち込んだのだ。
このやり方は大正解だった。
500kgもの力で締め上げると、間に挟んでおいた厚い板が丸太の溝に食い込んでいったのだ。
そのままもとにもどらないよう、しっかりとボルトで固定して、どうにか階段ができたのだ。
 
あとは、いらない部分をチェンソーで切り落とし、塗装すれば完成となるばかりとなったばかりの、
丸太で作った階段を、しみじみと見ていた。
なにしろ、この階段は自分で伐採した唐松をつかって、じぶんひとりで仕上げた物なのだ。
多少ねじれていたって、すき間があってカッコ悪くてもまったく気にならない。
材料費ゼロ、しかも自分の力だけで作ったという満足感に浸っていた。

やねうら部屋へ上る階段も、あまりに急傾斜なので奥様に不評だった。
落ちたらあぶないというのである。
たしかに、奥様のおっしゃるとおり階段をふみはずしたら、そのまま床に落ちてしまうだろう。
せっかく作った階段を作りなおすのはめんどうではあったが、ケガをしてはもともこもない。
途中で切断し、2x4材をつ使って、ちいさな踊り場を作り、、方向をかえて降りるようにしてみた。
急ではあるが、前回つくったものより安心しておりる事が出来る。
それに、梯子の下にわずかではあるがものを置けるスペースもできた。
我が山小屋も少しづつではあるが改良されてきた。
しかし、まだ名前がない....


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ニホンミツバチに再挑戦なのだ!

  
 昨年のニホンミツバチ捕獲作戦は惨敗だった。
手作りのミツバチホイホイを5台、そして大枚をかけオークションで手に入れ、
咲かせたキンリョウヘンを一緒にそなえ、
自宅、山小屋周辺そして畑に設置したにもかかわらず... だ。
このまま、あきらめるわけにはいかない。
今年こそはニホンミツバチを捕獲し、天然のはちみつを手にいれるのだ。

時期的には桜の花が終わるころ、毎年おこる日本ミツバチの分峰にあわせるのがいいらしい。
ミツバチホイホイの置き場所は、公共の場所や他人の庭に置くわけにいかないので、
きっちりと花を咲かせたキンリョウヘンをまず、自宅のウッドデッキと自宅裏に設置してみた。
ミツバチが来て受粉してしまうと、せっかくのキンリョウヘンの花が散ってしまうので、
洗濯に使うネットをキンリョウヘンの鉢ごとすっぽりとかぶせ、
ミツバチが侵入できないようにして準備完了だ。

キンリョウヘンの花の香りはニホンミツバチの女王のフェロモンに似ているらしいのだ。
そのフェロモンニ誘われてやってきた偵察のミツバチをおびき寄せ、
毎年おきる分峰の際、ミツバチの群れを女王蜂ごとそっくり頂いてしおう、
というのが今回の作戦なのだ。
春になると女王ミツバチは、大きくなった群れの中から働き蜂をつれて出ていくのだ。
その点、どこかの誰かさんのように、自分の地位を守る事に執着することなく
すべてを自分の娘である、新女王蜂に譲って出ていってしまうところが潔い。


キンリョウヘンを置いて間もなく、一匹の日本ミツバチがやってきた。
しだいにその数も増え、キンリョウヘンの花に吸い寄せられるようにやってきた、
ミツバチが花のまわりにへばりついている。
あとは群れでやってきたミツバチが巣箱に入ってくれれば作戦成功だ。
にんまりとしながら、ミツバチたちの様子を見つめる。
もしかしたら、今回のニホンミツバチ捕獲作戦、うまくいくかもしれない。

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山小屋の作業を終えて

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 今回はやる事がドッサリあって忙しいため、土曜日の夜は山小屋に泊まっての作業になった。 ひさびさに現場監督の奥様と一緒なので、怠けながら作業するわけにいかないのだ。心配していた雨が朝方にやんだので、まずは伐採しておいた楢の木にシイタケとナメコ、ヒラタケの駒を植えることにした。

 なぜ、原木しいたけにこだわり続けるのか。それは栽培したシイタケが美味しいという事と、その栽培方法が自然のサイクルをうまく利用し、環境にも優しいからだ。ほだ木に使う楢も伐採したあとまた新たな枝が生えてくるから何度も利用できるし、最小限の道具があれば、僅かな金額でシイタケの栽培が出来る。地球の環境にも財布にも優しいしのだ。天日干しにすると、菌床栽培と原木栽培では味に歴然とした違いがあるからだ。もちろん、原木栽培のシイタケが美味しいということは言うまでもない。





Dsc_0353_3 午前中でシイタケの稙菌が終わった。およそ40本くらい作った。後はナメコとヒラタケの稙菌だが、原木の桜の木が足りなくなったので、午後の仕事にまわすことにする。

 シイタケの駒を植え終わったほだ木に、ブルーシートをかけて温度を20℃以上に上げるようにして、シイタケ菌を活着させる。今回使用した種駒は森産業のにく丸を使った。昨年、原木しいたけ栽培の講習でもこの種駒を使ってみたし、肉厚のシイタケが栽培可能で、ホームセンターなどでも簡単に手に入るからだ。



 

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 薪小屋を最初に作ろうと思っていたのだが、山小屋の中に道具やら、木材などが散乱してしまったので、これらを収納しておくための物置を山小屋の裏に作る事にした。

 コンクリートで基礎を作るのは大げさだし、お金もかかるので、皮をむいておいた落葉松を、基礎兼、柱として使うことにした。深さ70cmくらいの穴を4か所掘り、土に埋まる部分には防腐剤の代わりに赤プリマ油で薄めたペンキを塗っておいた落葉松をその穴に落とし込んだ。

 垂直をだしながら、余っていた木材で落葉松を仮止めしていく。山小屋本体の基礎とこの柱を固定して、コンパネで床を張り、波板で屋根をかければ、簡単ではあるがおよそ6畳くらいの物置が出来上がるだろう。

 いいかげんな仕事だが、まあどうにかなりそうだ。

Dsc_0362_2  昼食後、チェンソーで半割にし、皮をむいておいた落葉松の表面を電動かんなで平らにした。ネットオークションで1000円で買った、この165ミリのマキタの電動カンナは、古いせいか、大きくて重く、ものすごい騒音を出すのがネックだが、直径30cmの丸太の表面を難なく削ってしまう。

 この半割にした落葉松でログテーブルとイス、そして山小屋の階段もこの半割にした落葉松の丸太で作りかえることにした。

 休憩をとろうと屋根裏部屋にのぼり、コーヒーを飲みながら音楽を聞きはじめると、下でナメコの稙菌をしていた奥様が雨が降ってきたと呼びにきた。大急ぎで道具をかたずけ、半割にした落葉松の丸太をデッキに運び込むころに、雨は本降りへと変わっていた。

 あわてて山小屋に入ると、冷えきった身体を炉の火で暖められた空気がやさしくつつみ込みこんだ。こんな時ほど薪ストーブの火のやわらかな暖かさを実感する時はない。冷えたコーヒーを飲み終えるころには、疲労のため自宅に帰りたくないな、と思うほど帰りの運転をするのが億劫になったいた。身体のしんまで疲れていたからだった。

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わがやの花たち

寒かった冬がすぎ去り、あっという間に春が来て、

せわしなく桜の花びらを散らしていった。


冬の寒さをじっと耐えていた、

我が家のカトレアたちが、次々と花を咲かせ始めた。

がさがさしているだけで、あまり存在感のなかったカトレアだが、

春の訪れとともに、すがすがしい香りを部屋いっぱいに漂わせている。

昨年、京都からやってきたときはボロボロだった、

LC Melody Fair , BLC Hsinying Catherin , Danny Adams などの大型のカトレアたちも

どうなる事かと心配したが、ぶじに冬を越し花を咲かせてくれた。

タカラジェンヌもマルオースも蕾をつけている。

いい香りの美女たちにかこまれて、ちょっといい気分の毎日を過ごしているのだ。


株分けして数を増やした、キンリョウヘンもそれぞれの株に花芽をしっかりつけている。

昨年はうまくいかなかったが、今年こそはミツバチホイホイとともに、

しっかりとニホンミツバチを集めてくれることだろう。


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春の準備が忙しい!

 
 季節外れの雪、そして自転車の事故などもあって、山小屋の仕事が遅れてしまった。
ゴールデンウィークまでの間にやらなくてはならない事は、
シイタケのほだ木と薪小屋作り、畑の準備に作物の植え付けだ。
奥様は忙しいので今日も、ひとりで山小屋に籠って作業する。

まずはシイタケのコマを植えるために、山小屋の斜面の下にはえている楢の木を何本か伐採した。
伐採したばかりの楢の木の枝を落としてから、80cmくらいの長さに切りそろえると、
あたりに、濃厚な楢の木の香りがたちこめる。
両手で楢の木を抱え、やわらかな土に足をとられないよう気をつけ、山小屋まで運び上げる。
長靴の中にまで木屑やドロがはいり、息があがって汗がふきだしてくる。
一回運び上げるたび、切り株に腰をかけて息をととのえる。
汗が頬を伝い、息でメガネが曇る。
ジャンバーを脱いで木の枝に掛けてからおもむろに斜面をくだる。
下から見上げると、さっき脱いだジャンバーが木の枝に揺れている。
まるで人が首つりでもして、木の下にぶら下がっているみたいだ。

なんど楢の木を抱えて運びあげたろうか。
汗びっしょりになって、頭が朦朧としてくる。
単調できついこの作業は、毎年の事ながらやになる。
普段の不摂生がたたり、脚はガクガクするし、腰は曲がったままでまるでジジイだ。

すぐ隣の山小屋の野鳥の餌台に、ヒマワリの種をたっぷりまいておいたので、
シジュウカラやヤマガラたちが大騒ぎしてエサをついばんでいるのが見える。

やっとのことで楢の木を運び上げホッと一息つく。
これでシイタケとヒラタケの駒を稙える事ができそうだ。

休む間もなく次の作業にとりかかる。
今日はいそがしい。
前回、伐採しておいた唐松を、長さ3メートルほどに切って、薪小屋の柱に利用する事にした。
樹皮を残しておくとそこから虫が入るので、皮の手袋をして両手でしっかりと鉈を握り、
刃を手前にむけ、こそげ落とすようにカラマツの皮をむく。
注意してやらないと手をザックリと切ってしまう。
研いである鉈の刃はあなどれないのだ。
単調で根気のいる作業なのだが、いつのまにか夢中になってしまう。
唐松の樹皮をナタではぐ時にたてる音が、コンコンと響く。
その音を聞いたキツツキが、自分の縄張りによそのオスが侵入してきたと警戒して、
甲高い鳴き声をあげ、樹木の幹をドラミングして警戒音をたてている。
 
時間がたつのも忘れ、ひたすら唐松の皮をむく。
皮の手袋をしていても、いつのまにか指や手のひらにとげが刺さってチクチクする。
薪小屋の柱の皮をむいたあと、ログテーブルと山小屋の階段を作ろうと思って、
判割りにしておいた唐松の皮もむいてしまった。

今日は、よく働いた。
くたくたになってしまったが充実した一日だった。

来週はシイタケの稙菌と薪小屋つくりなのだ。


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自転車事故と初孫

 「できるだけ早く返事をください」 と、言っておきながら、
ひとり山小屋に籠ってしまったので、保険屋さんからの連絡が届かなかった。
届かなかったというよりは、私と連絡がとれなかったのだ。
じつは、携帯を持っていない私は、奥様の携帯をかりて山小屋にいたのだが、
保険屋さんからかかってきていた携帯の、留守電の再生の仕方が分からなかったので、
そのまま放置していたためだったのだ。

 
「いまどき、ケータイも使えないなんて信じられない!」 

奥様の叱責を全身にあびながら、どうにか保険屋さんに電話してみた。
 
「自転車の補償はわずかしかできませんでしたが、
これじゃ話にならないだろうと思ったので、
上司に直談判していい数字を出しましたよ。
こんな金額ぜったいにでません!」

お得意のセールストークなのかわからないが、
あの、小太りの保険やさんが、自信満々で伝えてきた補償額を聞いてから、
「わかりました、あとで返事をします」 といって電話をきった。
いい数字なのかもしれないが、満足できるような自転車を買えるほどでもないし、
かといって、その不足分の金額を自腹を切るのもくやしいし、
悲しいかな、そんなへそくりもない。

 「この際だから、自転車にのるのやめようかな。
歩くのもけっこうきもちいいしな」 
いまが盛りのさくらの花をみながら思っていた。

いま事故なんかで死ぬわけにいかないのだ。
 なにしろ、ことしの夏わがやには、初孫が誕生するかもしれないのだ...

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続、自転車事故

 自転車事故の現場検証がやっと終わり、
別れ際に相手の氏名と住所、連絡先を確認したのだが、
相手の苗字を聞いた時だった。
珍しい名前だったが、すらすらとその苗字を書きとめた私を見て、
相手の男が、「よく知ってましたね」 と、言ったのだ。
珍しい苗字だったが、私が通っている職場に同じ苗字の女性がいたので、よく知っていたのだ。
 「もしかしたら...」
 
 夕方、自宅にかかってきた電話で、
私の直感が間違っていなかった事が分かった。
今回の事故の相手は私が通っている職場の職員のダンナだったのである。
世間は広いようでいて、以外に狭いものである。
こちらが被害者側で良かった。
ダンナの代わりに、電話でひたすらあやまるおくさんに、事故の詳細を伝えた。
その際に、職場ではこのことを誰にも話しませんからね、と言い添えておいた。
事故があるとその補償について、もめることが多いので、
わたしは構わないのだが、あいても困るだろうからと配慮したからだった。

 
事故から一週間がたち、やっと保険会社の事故調査員がやってきた。
真面目そうな小太りの調査員は、名刺をさしだしながら言いだした。

 「言いにくい事ですが、自転車の場合3年以上たっていると、
ほとんどその価値がなくなってしまう事をご了承ください。
事故で壊れたところを修理することが基本になります。
ですから、新車を買い替えることはできないと思います!」
 
調査員はまず、先制パンチをくれてきたのだ。
自転車を買い換えて貰いたい、と言ったことへの牽制らしかった。
そんな相手の作戦は了承済みなので平然としていられた。
「自動車と同じ対応をすると言う事ですよね」
「はい、そういう事になります」
「それなら、自動車事故だったら被害者に代車を出しますよね、
自転車の場合も同じと考えていいという事ですね?
私は自転車がなくて困っているんですけど。
どうなったんですか?」
保険会社から電話が来た時、この点についてなんども確認していたのだった。
「...じつは、初めてのことなのでまだ何とも言えないのです..」
このあたりで、むかっとしたのだが、平静をよそおっていた。

外に出しておいた私のMTBの写真をとりまくったあと、
「実は私も趣味で自転車に乗っているんで、被害者の心情はよく分かります。
この自転車は全損扱いになります。とりあえず補償金額を提示します」
「できるだけ、いい数字を期待してますよ。よろしくお願いします!」
 
 小太りの調査員はハンカチで、汗をふきふき帰って行った。
今回の自転車事故は、相手の過失が100%、こちらの過失はゼロ、
しかも事故に遭った自転車は全損という事だ。
どんな数字をだしてくるのだろうか。
人を小馬鹿にしたような数字を出してくると思って間違いないだろう。

 怒って態度を豹変させるのは、その後でいいだろう。


 

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自転車事故

 
信号は青だった。

横断歩道の向こうで、信号待ちの学生たちが、
携帯に見入っているのが見えていた。
MTBで横断歩道を渡り始めた時、目の前を車が左折してきた。
 「あっ」 と思ってMTBから手を放したと同時に転倒していた。
起き上がると、車の後ろ車輪がMTBに乗り上げていた。

車から男がおりてきた。
「大丈夫ですか?」
タイヤの下に巻き込まれているMTBを見つめながら、
「気が付かなかったんですか?私もひかれるところだったんですよ!」
 憮然と言い放った。
「スミマセン、現場を探していたもので...」
車を移動させ、MTBを信号機の柱に立て掛けた。
まだ、信号は青のままだった。


信号待ちをしていた学生たちや、
車に乗って信号待ちをしている運転手達がじっと、こちらを見ていた。
MTBにのりあげるまで私に気がつかなかったなんて、
冗談じゃない、怒りが込み上げてきた。
かぶっていたヘルメットの留め金がとれていた。
転倒した時に切れたらしかった。

「自転車、買い換えてもらいますよ!」
 思わず、相手に強く言ってしまった。

目と鼻のさきに警察署があるのに、
相手が携帯でよんだ警察はなかなか来なかった。
目の前を通るパトカーに手をあげても、そのまま素通りしてしまうのだ。
警察署から歩いてやってきた二人の警察官が、
「車と自転車の物損事故ですよね」 と聞いてきた。
膝をすりむいているのは分かっていたが、
事を荒立てるのもいやだったので、だまってうなずいた。
現場検証が終わるまで、30分くらいかかった。

警察官が立ち去ろうとしたので、信号が青だった事と、
相手が不注意で左折し、全く気が付かなかったことを相手も認めている、
と、きっちりと言い添えておいた。
後になると嘘が出てくることが多々あるからだった。

相手からは、保険で対応すると言ってきた。
ちょっと嫌な気がした。
保険会社は自分たちの利益を守ろうとするから、
何を言ってくるか分からないだ。
自転車がないので、娘のマママチャリを借りて仕事に通い始めた。
車の事故の場合、被害者にレンタカー代を払うのに、
自転車の場合はなんの面倒も見てくれないのだろうか。

あれから、一週間が過ぎようとしている。
保険会社から、事故の状況からこちらには全く非がないので、
過失の割合はゼロ対100ですと言ってきた。
あたりまえだ。
今頃になって、自転車の写真を撮りに来ると電話はあったが、
具体的にどうしてくれるのか、まだ何も進んでいない。

迷惑をかけたので、今回は特別に、新車をどーんとサービスしますよ、
なんて事には、ならないだろうな。
このMTBには15万円位かかっているはずだが、
たぶん、自転車の査定を低く見積もって、修理代はここまでしか払いませんよ。
なんて言われるのが関の山なんだろう。


この際だから、
自転車に乗るのやめようかなとも考えている。

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